ワタリガラス |
冬のシーズン、最近もっともお気に入りの野鳥はタンチョウでもハクチョウでもなく、オオワシでもオジロワシでもなく、ワタリガラスなのだ。ちょっと見ただけではハシブトガラスと変わらないのだけれど、双眼鏡で視ていて、これほど楽しい野鳥は他にはいない。飛翔能力が非常に高く、ペアの飛翔などはシンクロナイズドスイミングを見ているようだし、カップルでよく遊んでいるのも見かける。人に対しては警戒心も強いけれど好奇心も強く、安全だと判れば人の様子を見に近くまで飛んで来たりもする。鳴き声も多彩で、ハインリッチは人の次に表現豊かな声を持った動物だと、その著書に書いている。
毎年冬には摩周湖周辺で、数十羽が群れているのを観ることも出来るのだけれど、今年はまだ大きな群れは見ていない。それでも弟子屈周辺にはそこそこの数のワタリガラスが渡って来ているようで、今日も「鱒や」の上を、ちょっとこもったクルルルル、クルルルルという声で鳴きながら、西の方へ飛んでいくワタリガラスを見かけた。
ワタリガラスを識るなら素晴らしい本が2冊ある。動物生態学者のベルナルド・ハインリッチの『ワタリガラスの謎』は、エサである動物の死肉を見つけたワタリガラスが、そのエサを独占せずに他のワタリガラスにエサの場所を教えようとするのは何故か。という疑問に答えるために行った数々の自然観察と実験、そして生物学の常識を覆す発見にいたる観察記録エッセイ。
『森と氷河と鯨』は、極北の少数民族に伝わるワタリガラスの神話を追った星野道夫の写真エッセイ集で、この取材の途中で星野道夫はカムチャツカでヒグマに襲われ命を落とすこととなった。
ワタリガラスという鳥を、自然科学と少数民族の文化と二つの面から見た、この2冊の本は、ワタリガラス好きなら何度も読み返してしまうほどの素晴らしい作品で是非のお奨め。
カナダやアラスカなどの少数民族の神話では、ワタリガラスこそ創造神であって、大地も動物たちも人間も、みなワタリガラスが創ったものなのだ。ただ、神といっても絶体正義の唯一神ではなく、いたずら好きのトリックスターとして語り継がれてきたことが興味深い。
これらの極北の民族はもちろん文字など持たなかったから、神話は伝承文学だし、紙やペンを持たなかったから、その姿が絵画として残されることも無かった。神の姿は木の柱に彫られトーテム・ポールとして伝えられてきたのだ。
が、近代ではこれらの少数民族のなかからアーティストとなるものも出て、伝統の木彫りの作品を彫ったり、部族に伝わってきた彫刻のデザインルールを生かして、絵画や版画などの作品も数多く創られている。
2枚目の写真は私のキャリーバッグに貼ってあるワタリガラスのステッカーで、これもカナダの北西海岸のインディアンのアーチストが描いたものだ。ワシやクマ、シャチなどは凛々しくデザインされているのに、創造神であるはずの、このワタリガラスの、力の抜けたなんともユーモラスな姿が気に入っている。