東叡社のラグレスフレーム |
09年に製作した700x30cの旅行用自転車は、パーツのアレンジにも拘って1980年頃をイメージしたクラシック自転車でした。
が、このクラシック車は分解して袋詰めして運ぶ輪行ができません。自転車旅行に出かけてみると、輪行で自転車を鉄道で運ぶことが出来ると旅の計画にグンと拡がりができることが判ります。700x30cのクラシック車を輪行できるように改造する手もあったのですが、せっかく綺麗に出来上がった自転車に手を付ける気にはなれず、これはこのまま乗って、もう一台、最新パーツで組み上げた輪行できる現代の旅行車を造ることにしました。
クラシック車の製作のときには、東叡社へのフレームの発注からパーツの組み付けまでをカリフォルニアのJitensya Studioの飯村さんにお願いしましたが、今回は自分で直接、東叡社へ発注することとしました。自転車を造る楽しみはいろいろあるとおもうのですが、(他の人があまり指摘しないですが、)1台の自転車を造るときには、新たな人と知り合える愉しさがあるとおもうのです。クラシック車を造ったときに、飯村さんと知り合えたこと自体がすごく愉しかった。
今回の場合も製作の面を考えれば、確かな腕を持った飯村さんにまたお願いした方が良かったとおもえた部分も多々ありました。が、直接オーダーしたことで、たとえば東叡社の社長の山田氏が実はフライ釣り師で、フレームの発注に埼玉川口の東叡社まで行ったときも釣りの話で盛り上がった、なんてこともありましたし、フレーム製作の現場を見ることが出来たというのも、自転車好き、東叡車ファンとしては大きな喜びだったのです。
ロードレーサーも最近はカーボンフレームから鉄フレームへ回帰する人も多いようですが、旅行用自転車は丈夫さと取り扱いの簡易さで、もちろん鉄フレームが基本です。鉄のフレームはクロームモリブテン鋼などの鉄のチューブをロウ付けで組み上げるのですが、通常はラグ(継ぎ手)を使って鉄のチューブを固定します。東叡社は、このラグ周りの造りがとても綺麗で定評がありますし、ですからクラシック車はラグドフレームで造りました。
が、今回の輪行旅行車はラグを使わないラグレスフレームです。東叡社のロウ付け技術の粋は、実はこのラグレスフレームにこそあるとおもうのです。今回は初めからラグレスでいこうとおもってはいましたが、もうひとつ、ラグレスにしなければならない理由があって、トップチューブとダウンチューブを、クラシックな自転車よりはひとまわり太いオーバーサイズにしてあるため、使えるラグが無いというのもありました。(もちろん頼めば東叡社はワンオフでオーバーサイズ用のラグも製作してくれますが)
それにしても、どうです、このラグレスの美しさ。今回はオーダーに当たってロウ盛りの量は指定せずに、美しく造ってください、とだけお願いしました。つまり出来上がってきたフレームのラグレスのロウ盛りの量(フィレット加工)は東叡社の美しさの基準という量なのでしょう。多すぎもせず、少なすぎもせず、実に滑らかな見事な曲線ですね。道具としての精度と強度という実用面に、さらに美しさを加えることが出来るのがオーダーフレームの素晴らしさです。
この日記を読みに来られる方の中にはFF釣り師も多く、自転車には興味も知識も無い方も多いでしょうが、オーダーフレームというのは乗り手の体の各寸法や乗り方、使用法に合わせて素材を選び、ミリ単位で誂えて造るフレーム製作です。FF釣り師のために誤解を恐れずに書けば、オーダーフレーム専門工房の東叡社というのは、自転車界のレナードなのです。大量生産品に対するハンドメイドの工房ですし、ここで修行して独立したフレームビルダーも何人もいます。フライロッドのカーボンブランクとスプリットケーンのブランクの関係が、自転車界のカーボンフレームとハンドメイドのクロモリフレームの関係にじつに良く相似します。
日本のバンブーロッドビルダー史に比べれば、自転車フレームビルダー史の方がはるかに長く、日本独自のハンドメイド自転車という文化を創ってきました。マスプロダクション全盛、全能の時代に、このような工房が今なお存続し流行っていることが(最近は海外からの発注も増えて、フレームは発注後1年以上待ちだそうです)なんとも嬉しいではありませんか。